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逢瀬日記

ご主人様との出会いから今迄。 後天性被虐趣味なわたしの手記。

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『新月譚』

貫井徳郎氏の、『新月譚』を読みました。
(内容に言及しているので、読もうとされている未読のかたはご注意を)

こわくて。
おそろしくて。
グロテスクで、
ひとのこころの脆さと強さを想います。
ページをすすめるたびに、
「和子」が、「怜花」が息づいてきて、
その生を、生きてしまう。
私はいち読者で、関わりの無い筈なのに、
ありありと、その文字の連なりが、
まるで、経験したことのように。


すごく重い本で、
読後感は、遠いところに来てしまった感じをあじわう。

「はじめてすべてを与えてくれた」そう感じた相手に、
縛られ続ける話であり、
インプリンティングのこわさであり、
いろんなものの正体に気づいていく話であり、
「今のままではだめ」という強い焦燥感を味わわされる。

相手を思い通りにしたいと思ったり、
自分の理想の型に嵌めて見てしまったり、
そういうことってあるなあと感じる。
人のこころなど、
思い通りになるはずがないのに。
だからこそ、
魅力的で、
追っていたい、
そう思うのに。

話は、徹33歳と、和子21歳の出会いに遡る。
その想いが閉じる49歳までのできごとの話。
「ありふれた恋の話」
けれど、
「ありふれた」
「普通」
その正体について考えさせられる。
普通とは何か、
たどり着きたくて、たどり着いたのではない、「特殊」な立場。

良くも悪くもで鈍感で天真爛漫な徹。
自己肯定感の乏しい和子。
徹に認められることで、和子は生きる意味を知る。
徹はひとりの女性では満足しない性質のため、
徹を引き留めたいために、
“自分の魅力のなさ”を「外見」に見いだした和子は
人工的に美しさを得ようとする。
けれども、そうしたことで、
自分が捕らわれていたものの正体を知ってしまう。
追い縋るべきは美醜ではないと。
彼の気持ちを捕らえるものは、そんなものではないと。


彼を想う中で、
親子とは
友人とは
恋愛とは・・・
見たくなかったものの正体まで
はっきりとその目に灼きつけてしまう。

和子の目線で描かれる話なので、
和子に共感することになるけれど、それとともに、
その周りを縁取る出演者にも、
その思いを濃く感じる。

季子。見下していた友人に負けた悔しさ。
自分の夢が崩れていく音を聞いたときの気持ち。
「自分のすべて」を失っていく予感。
それが、和子にとって、卑しいものであっても。

和子の母。父。
自分の子に、自分の遺伝子を否定されて。
自分の手からはるか遠くへ離れていって。
愛を注いで育てたはずなのに、
剝きだしの敵意を子から感じる日がくること。

敦子。自分の子に愛人の名をつけられる屈辱。
夫の気持ちが自分にないことを知りながら続ける生活。
帰りをただ待つ時間。
子を望む気持ち。授からない絶望。

徹。
想うままに生きている筈なのに、
その行動が自分を苦しめてしまう不思議。
愛しい、その気持ちは本物なのに、
それが複数あることもまた、真実なのに。




和子の気持ちは、月のように、
何度も何度も満ち欠けをくり返す。
そして、
月のない日に、
新月・・・
確かにそこにあるはずなのに、見えない月を、
自分に深く重ね合わせる。

愛しい人がいる。
運命の恋がある。
けれどもそれを得ることは幸いか?
それ以外に何もなくなって。
徹との出会いが、生のはじまりであり、
徹との別れが、人生の終わりと同義の重さで。
ただ、どうしようもなかった
そう、感じさせる筆致がある。
選択肢は何度か現れる。
けれども、
和子はいつもぎりぎりのところに居て、
選択肢以外の答えを探したり、
選択肢自体を疑うようなことはせず、
いつも、
「どうしようもなく」
「それ以外になく」
「選ばざるを得ず」
苦しくなる道を、
細くも続いていく道を、
掴み取ってしまう。

見る者がちがえば「幸せ」な生き方かもしれない。
ゆるぎない唯一があって、
それを感じながら生きるのは、
選ばれた者しかできないことかもしれない。
ただ、物語に入ってしまってからは、手放しではそう言い得ない。
なにが和子にとっての幸せか、これでよかったのか、
物語を何度も行き来してしまう。

和子は感受性が強い。
だから、徹の賞賛を
人生で初めて浴びた光のごとく、
まばゆく、感じ、忘れ得ることがなかった。
たくさんの幸せを知った。
だからこそ、
その光を際立たせる闇の存在にも
ひと一倍敏感で
ひと一倍苦しむことになる。
光を望まなければ、知らなかった闇に包まれる。

徹に(徹の意図しないうちの)精神的支配を受け、
徹という太陽に隠れた新月のような和子。
怜花という、輝かしい存在に隠れた、新月のような和子。
たったひとりで、
自分の選んだ道を行く和子。

どんなに深い屈辱を受けても
どんなに深い絶望を知っても、
やはり、
たったひとりのひとに
出逢えたことは
和子にとって、
人生でいちばん大きな
ギフトだったと思えてしまいます。







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