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逢瀬日記

ご主人様との出会いから今迄。 後天性被虐趣味なわたしの手記。

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ご主人様と私の在り方を考える

まだ、逢瀬の色々をはっきりと思い出すことが出来て
うれしいです。
記憶をいとしく思います。
ご主人様のことを思い出すことができる
私のこころとからだのしくみに感謝します。
首輪は小さなポーチに入れて持ち歩くようにしました。
こころがいつも主のもとに在れるように。


最近よく思うことですが、
ご主人様のことを
よく知りたい、たくさん知りたい、深く知りたい
そう思っていた私に対し、(わたしの変化と距離の話
必要以上のものは与えない、
その姿勢を選ばれたご主人様の考えを
尊いと感じるようになったこころの変化があります。

親密さ、
他を寄せないほどの深い親密さへの憧れもありますが
はっきりと一線をひくこともまた必要なことかもしれないと。

私は、
ご主人様と私との「逢瀬」は、
「デート」でも、「プレイ」でもなく、
「アクト」・・・ショウの一幕、だと思っているところがあります。
共にたくさんのドラマのなかを生きること。

「デート」なら、「ねえ、今日はどんなふうに過ごす?るんるん♪」な気分で、
「プレイ」なら、「じゃあ・・・、始めようか」なんて気分ですが、
「アクト」は、お逢いした瞬間から、もしかしたらその前から、
カメラが回り始めて、NGが許されない緊張感が流れています。


日常とは明らかに違う次元・・空間、時間を、
そのひとときだけにすべて集中して
共に生きること。
淫らで、いやらしい性行為は
回を重ねるなかで、
行為自体に、大きな差は無いかもしれませんが、
そこに重なる想いは
一度きり、
そのときだけのものです。
そのひとときだけに生じるものを、
共にあじわうこと
それに意味があります。


ショウ、ドラマ、演技、といえば、
空々しい“嘘”のように感じる言葉かもしれませんが、
そうではありません。
ふだんの自分では、無意識ではできないこと
たとえば“特別に”丁寧な言葉遣いや、
“特別に”女らしい立ち居振る舞い、
それらを選択的に行動している私は
「背伸びをしている状態」だといえます。
その「背伸び」は、嘘の自分ではなくて、
そうなりたいと願い、
意識的にそう装った自分です。
ですから、虚構の自分を生きるのではなく
理想の自分を生きる
そのような時間を与えて戴いているように感じます。
いやらしく乱れること、恥じらうこと、
信じること、差し出すこと、受け入れること、奪われること、与えられること、
さまざまなドラマがあります。

きれいな言葉で話すこと、
丁寧な立ち居振る舞いをすることは、普段からの目標ですが、
ご主人様の前だと、それがいっそう特別なものになります。

限られた時間で、出来る限りのパフォーマンスをすること
ドラマティックな魅せ場をつくること。
そのひとときのために
こころとからだの調整を意識して日常を生きること
それが私にとって大切なことです。
ご主人様と同じ舞台に上がる前の時間を
ご主人様と同じ舞台に上がるための準備に使うこと


エロティックに傅くために
脱がせたい、剥ぎ取りたい、味わいたいと
思っていただけるような奴隷であること、
それを目指すことが
私にとって大切なことです。

ありのまま、
そのままの私ではなく、
出来る限り装い高めること。

どれだけ印象的なシーンを作り出せるか、
一瞬に宿る光、一瞬のきらめき、
その美と緊張
そんなことを想っています。

そして、
ご主人様も、ご主人様のなかに秘めた、
日常生活で抑圧している想いや行動、
ご主人様の本質に在るもの、
こうありたい自分、
愉しいと思うこと、
求めていること、
美意識、
を、
私と逢うときに表現しておられるのなら
それは
とてもうれしいことだと思います。

特別な自分になる努力をしなければ
特別なドラマは生まれない

ご主人様と幾つものドラマを生きたいです。











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