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逢瀬日記

ご主人様との出会いから今迄。 後天性被虐趣味なわたしの手記。

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逢瀬日記35(4) 調教

「智薫の反応に興味がある」
「智薫の変化に興味がある」
「調教をすること自体に関心がある」
「意味のない女との主従の契りは交わさない」

言葉を変えて、
状況を変えて、
手段を変えて、
よく伝えて下さってきた事。

私は、調教方法の変化の裏に、
ご主人様自身の大きな変化があったら、
なにもかもが変わってしまったら、
そのことばかり恐れて、
それによる不安に囚われていました。

「ほかに、いないと思っていたの?」という言葉に、
確かに大粒の涙が頬を伝ったのは覚えていますが

けれども・・・
それが
「ご主人様の調教方針」に基づくものなら、
ご主人様の理によって決定されたことなら、
受け入れられるのかも、しれない。
そんなふうに、思いました。

「わたしともうひとり」
その事実が
私の気持ちを脅かすことなく居られるだろうか。
「もうひとりがいるご主人様」とは捉えても、
「もうひとり」は私の中で未だそれほど作用していない。
それは、実体として感じることなしに
情報だけを得たからか?

これから先。
何が、どんなふうに変化するのだろう。
私のご主人様への認識や想いは
どんなふうに保たれたり
変化するのだろう。
全然予想ができない。

本質と向かい合うことが
失うこわさもはらんでいるから
私ははじめ、
悪い方にばかり捉えて
ご主人様が簡単に答えられそうな質問や、
私自身が答えを予測できる質問を選んでしたり、
わかったふりをしようとしたり、
流そうとしたり、
無意味な思考に任せたくなりました。

でも、受け流すことは
この関係にとって何の意味もないし、
今、わかったふりをしてしまったら、
あとで、きっと、
ずっと、もっと、
辛くなると思ったから、
私が今、なにがつらいと感じたのか、を、
感情レベルのつたない言葉だけれど、
ご主人様に伝えました。

ご主人様は、ただ、聞いて、
「ゆっくり考えなさい」とだけ、おっしゃいました。

それだけ?と思うほど、あっさりと。

けれども、その言葉に多くを想いました。



私は、ご主人様を見て、
ご主人様の考えを見る。
ご主人様の考え方を考える。
それだけなのに、
ご主人様の奴隷としての在り方はそれだけなのに、
「私に伝えたかった事実なのか?」
「私の反応を見たいというのは真実か?」
と、
前提条件にばかりとらわれて、
「ご主人様が、今を選んで、それを伝えた」という事実の本質、
それ以前のところで、
勝手につらくなっています。

前提条件を疑うことは、
ご主人様やご主人様の調教を疑っていることと
同意味なのかもしれないと、
自分の言っている言葉から感じました。

「奴隷」という前提も失いかけていたのかもしれません。

「「ご主人様の奴隷」は、ご主人様を信じて従う」
という、大切な前提。

それは、盲信というのでもなく、
ご主人様の意図、行動に心を開いて感じようとすること。
その結果が肯定か否定か 分からないけれど、
感情でシャットアウトするのではなく、
「いや」も「好い」も、
奴隷として感じることが私にとって
意味があるのかも知れないと思いました。
「私の選んだ」「ご主人様」との関係上にあるうちは、
そうなのかもしれないと。
ご主人様が私に興味を持てなくなったとき、
私がご主人様だと感じられなくなったとき、
そういう意味での終わりがあるまでは、
「ご主人様の奴隷としての在り方」を
全身に感じて居たいと思います。

ご主人様が「つい」や、「たまたま」で、
起こす行動は、
私に向けてすることに関しては、
かなり低い確率のことなのかもしれないと思いました。
そして、それに対する私の自覚も足りなかったと思いました。
ご主人様は、
私に何かしたくて、
私の何かを見たくて、
触媒を与えるみたいに・・・、






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